このブログを見つけてくれた皆様、
ありがとうございます。
このブログでは、
「インクルーシブ」について考えること…
をメインコンセプトとして、
様々な情報発信を行っています。
その他にも、
いくつかのカテゴリに分けて、
記事作成を、頑張っています。
今回お話しする内容は、
ただの雑談です…(笑)。
暇つぶし程度に、
読んでいただけると嬉しいです。
今回は、
前説がめっちゃ長いです…(笑)。
なので、
「仏ポイント」の項目から、
読んでいただいてOKです…(笑)。
徳をつむ…アリ?ナシ?
今回お話ししたい内容ですが、
タイトルにも、見出しにも
あります通り…
「徳をつむ」ことについてです。
この言葉、
一度は聞いたこともあるかと思います。
わかりやすく言えば、
いいことをしましょう的な…
そういった意味になります。
徳をつむ=いいこと?
徳をつむ…
ということですが、
今しがた、
お伝えした通り…
いいことをしましょうと、
そういったことなのですね。
徳って何…?
みたいに思う方が多いかと
思います。
そもそも私自身も、
徳の意味を深く理解することなく…
なんとなく使ってる人間の、
一人でございます…(笑)。
徳という言葉を聞いて、
まず思いつくのは…
徳川いえや…
道徳とか美徳…ですかね、
道徳というと、
イメージが少し固まりますね。
人として、あるべき道…
そんなイメージです。
辞書なんかで、徳を調べると、
いろいろな意味が書いてあります。
それをざっくりまとめると、
努力によって身に着いた、精神的能力
人としての品格、人格
富、利益、得
みたいに書かれています。
個人的に驚いたのは、
利益という概念を含んでいたこと…
ですね。
「徳」と「得」は違うだろうとと…
そんな風に思っていたのに、
同じだったなんて…。
まぁ、それは、
どうでもいいとして…
徳というのは、
努力によって得られるもので、
精神的な能力を指すもので、
人格を形成する要素の1つ
なのだということですね。
ですので、
徳=いいこと
というのは、
少々、短絡的なのかな…?
結果的に、そのようになる…
みたいな感じなのでしょう。
徳をつむことの意味とは、
優れた人格を身に付ける為に、
日々の努力を重ねていく…
ということなのだと思います。
そのために、
自分が為す行いであったり…
徳をつんだ結果、
身についた人格により、
為される行いが…
いわゆる「いいこと」
なのでしょう。
徳をつむ=いいこと
の意味は…
徳をつむ
↓
人格や教養を磨くために試行錯誤…
↓
その過程で「いいこと」が行われる
↓
人格や教養が磨かれる
↓
さらに「いいこと」を行っていく…。
みたいなことなのかな…?
と、思っています。
完全に余談ですけど、
「徳」の意味の中に、
利益や富、得という解釈がありますが、
これって、スーパーで見かけますね。
「徳用ウインナー」とか
「徳用サイズ」とか…。
そもそも、得という意味合いで、
古くから使われていたのでしょう。
ここでお伝えしておりますような、
徳の使い方とは、
異なる…と信じたい…(笑)。
個人的に…ですが。
得…自分のWin(利益)を考える。
徳…他人のWin(利益)考える。
ということなのかな…?
徳をつむということの、
もう一つの解釈は、
自分が勝つのではなく、
自分以外のWin…他人の勝ちを考える。
ということなのかなぁと、
考えています。
最後に、まとめましょう。
徳をつむこととは…
自身の精神(人格や教養)を磨き、
他人が勝つ方法を考えること。
だと、私は思います。
古くからいわれる、八徳
徳をつむことの意味について、
お話ししました。
この「徳」という言葉が、
当然、古くからあるわけですが…
徳という言葉について、
古くから有名な言葉で、
「八徳」
という言葉があります。
これを唱えたのは、
孔子様でありますね…。
はい、でた論語…(笑)。
ほんとに、
偉大なお方だったのですねぇ…。
孔子様を始祖とする、
儒教という信仰の中で、
この八徳についての文言が、
あるそうです。
八徳とは、
仁、義、忠、孝、礼、智、信、悌
のことを言います。
…
……
何かの術みたいですね…(笑)。
一文字ずつ、
簡単に説明していきます。
仁…学ぼうとする意志を持つ
義…ルールを重んじる
忠…自分の心に従う
孝…親、先祖を大切にする
礼…他者への感謝を忘れない
智…知識によって正しい判断力を養う
信…他人を信じる
悌…兄弟や年上を大切にする
といった意味になります。
徳ですねぇ…
徳の特盛ですねぇ…(笑)。
こういった、
人としての精神については…
今も昔も、
変わらずに論じられていたのですね。
言い換えると…
人ってほんとに同じことを…
ずっと悩んでるのですね…。
人って進歩ねぇ…(笑)。
ただ、
この「徳」が…
わかっていても難しいんですね。
人としての土台…
みたいなものですよね、八徳とは。
スポーツでいうならば、
基礎…ですかね。
基礎固めが大切だぞと、
スポーツ初心者くらいだと、
その基礎の重要性というものが、
いまいち認識しづらいと思います。
ですけど、
技術や経験が成熟してくると、
成長が止まるわけですね。
そうなった段階で、
そこから、更に伸びるかどうかが…
基礎固めがしっかりできているか?
ということなのだと思います。
小手先の技術や経験では、
通用しない世界に到達した時に、
信じられるのは、
基礎を固めてきた自分の努力…
ということです。
めちゃくちゃ精神論ですが…(笑)。
とても大切なことです。
八徳とは、
人としての土台です。
人生の初期では…
八徳の重要性というものは、
いまいち理解できてないと思います。
ですが、
人として成熟してくると…
天井に到達してきます。
その時に、
長く必要とされる人材になる為には、
人間の…人生の土台になる
八徳が身についているか…?
なのではないかなと、思います。
人を助けることの意味
徳をつむことでも…
八徳でも…
共通している概念としては、
「他人」を意識すること
だと思います。
自分以外の人のことを考える…
もう少し掘り下げると…
他人の為になる行動を考えてみる。
ということですかね…。
この、
他人の利益になるであろう行動こそが、
他人を助けることに、つながります。
というか、
それが人助けというものです。
徳をつむことは、
自身の精神を磨くための試行錯誤…
ということなのですが、
それを「いいこと」と、
少し抽象的に表現しました。
これを、
もっと具体的にお伝えするならば…
他人を助ける
この一言に尽きます。
徳をつむということが、
よくわからない人は、
とりあえず、深く考えずに…
目の前の他人が、何に困っているのか…
それをはっきりさせて、
助ける為の行動を起こす。
これでOKです。
そして、
またしても余談ですけど…
というか、個人的な考えですと、
自分が他人を助けると、
他人が自分を助けてくれる…かも。
逆に、
自分が他人を助けていないのに、
他人が自分を助けることは、
おそらくありません。
だからこそ、
日ごろから他人を助ける努力を、
継続していることで、
思わぬところで、
誰かが自分んお力になってくれる…
私は、そう信じています。
なので、
私は基本的に、人を助けます。
なぜかって?
それは…
もう……
助けてほしいから…(笑)。
わるいこと…とは?
では、ここからは
「いいこと」とは対極となる…
「わるいこと」について
考えてみようかと思います。
善悪の話なんて、
立場によって
どうとでも変わりますから…
何を言ってるんだこいつはと、
思われるかもですが…。
何かの気づきのきっかけになれるよう、
頑張ってお伝えいたします。
人に迷惑をかけたい人とは…・
わるいこと…
なんでしょうねぇ…。
めちゃくちゃわかりやすいのは…
犯罪ですかね。
まぁその…
〇人とか、麻薬とか…
そういうのは、
どう考えてもわるいこと…
ですね…
ここで考えたいのは、
もう少し身近な、わるいことです。
なんなら、
今こうして、生活している中でも…
ついついやってしまうような…
そういったレベルのことなのですが、
例えば…
信号無視する
ゴミの分別をしない
公共の場で、大きな声を出す
路上駐車をする
揚げ足をとる
私の主観でお話ししてます…。
不快に思われた方は、すみません。
今、申し上げたような行動を、
どのように思いますか…?
人によっては…見過ごせるけど、
その行動の当事者だとしたら…
こいつ、何なん…?
みたいに…なるかと思います。
自分が横断歩道を渡ろうとして、
信号無視の車が来る…。
同じマンションの住人が、
ゴミの分別をしていない…。
図書館で本を読んでたら…
隣の人が大声で電話しだす…。
こいつ…何なん……?
ってなりますよね?
シンプルに、迷惑です。
この記事でいう「わるいこと」とは…
「迷惑」であると、
定義させていただきます。
迷惑行為ですよね?
ゴミ、信号無視、大声、揚げ足…。
程度はそれぞれですけども…
不快に感じる行動です。
こういった行為ですが、
例えば、
自覚なくやってしまうケース、
なんかがあります。
言われて気がつく…
みたいな感じですね。
そういった場合というのは、
結果的に迷惑となってしまっただけで、
迷惑をかけてしまった人に、
悪意はないということになります。
こういうケースは、
「わるいこと」ではないかなと、
わたしは思ってます。
「わるいこと」というのは、
意図的に…
悪意を持って迷惑をかけにいく。
そういうケースですね。
そんな人…
身近に1人くらい居ませんか…?
わたしの周りには…
いますね…(笑)。
どこの世界にもいるものです…。
あえて迷惑をかけにくる人種…。
これは、何でだと…
その人に聞いても、
変な答えしか返ってこないですね…。
「なんとなく」
「おもしろいから」
「教えてやらん」
「うるせぇ」
話になりません…(笑)。
まぁ…これは、
わたしなりの考えなのですけど、
おそらく、そういった人は、
精神が幼稚
かまってほしいだけ
なのだと思います。
人に迷惑をかけても、
許されるであろう人種は、
実は存在します。
それは、
子どもです。
子どもであれば、
わかっていないから、
人に迷惑をかけても仕方ない…。
そういうことになりますね。
わかっていないから、
迷惑になる…。
これは、
先述いたしました。
結果的に迷惑になってしまった人…
と同種です。
子どもが迷惑をかける別の理由…
それは、
かまってほしいのです。
自分を見てほしいのですね。
迷惑をかければ、
間違いなく自分をみてくれる…。
だから、
自分を見てもらうために、
なりふり構わず行動した結果…
最も簡単で、
効率がいいのが、
迷惑をかける…という行為になる。
そういう感じです。
ですから、
大人になっても、
迷惑をかけてくる人というのは…
家庭事情は度外視しますが、
精神が磨かれていない人だと思います。
他人に貢献することで、
自分の存在を確かめる意識が無い…
そもそも、
そんな意欲すらない…
そういった人なのだと思います。
いいことが、何であるかは解ってる。
でも、いいことをするのが面倒
でも、かまってほしい…
簡単な、わるいことをしてしまう…
徳がない人…
精神が磨かれていない人…
かまってちゃん…
ということですね。
わるいこと=迷惑?
はい、
わるいこと=迷惑
みたいなことを、
長々と…
お伝えさせていただきました。
しかし、
わるいこと=迷惑…
これは、
まだ少し抽象的かなと、
勝手に思っているのですね…(笑)。
なので、
迷惑というものについて、
もう少し、深掘りさせていただきます。
迷惑が、なぜいけないのか…
ということを、
私見ですが…
お話しさせていただきます。
わるいこと…迷惑ですが、
先述した…
信号無視
ゴミの分別
これについて考えてみましょう。
信号無視に関しては、
例えば…
信号無視をした時間が
深夜の2時くらいで…
信号無視の現場に誰もいなかった…
みたいな状況だとしたら、
迷惑とは言えない…ですね。
ゴミの分別で言えば…
あまりにも極端ですけど、
無人島で生活していた場合は、
ほかに誰もいないから、
迷惑ではないですね。
環境には、良くないですよ…?
このように、
迷惑という概念が生まれるのは、
他人と共存しているからこそ、
生まれる概念…ということですね。
なので、
自分が迷惑行為を働いた結果…
自分以外の他人が、
迷惑だなぁ…と思うわけですね。
ここで、
信号無視を目の前で見た時に、
どう思うでしょうか…?
おそらくですけど…
「自分か、誰かが事故に遭うかも・・」
みたいな感情が、
生まれるのではないかと…
思います。
ゴミの分別ができていないと、
そのゴミを回収する人は…
「ゴミの中に刃物があるかも…」
「分別しないと…」
みたいな感情になります。
この2つの例えから、
見えてくることは…
感情を揺さぶられる
ということです。
わかりやすく言うと、
不安になる
ということです。
わるいこと=迷惑
迷惑とは、
他人を不安にさせる言葉や行動…
ということです。
大きな話をすると、
社会の秩序や安寧を乱す
ということですね。
極論ですけど、
〇人なんて起きてしまうと、
〇された人が背負ったいた、
人生の役割が、
全て宙づりになるということです。
その人にしか、
わからないことも、
沢山あると思うのに…
突然、
その人がいなくなってしまったら、
残された人が、
無理やり、役割を継承しなくては
いけないのです。
そして何よりも、
残された家族の気持ちは、
推し量ることができません…。
このように、
〇人で例えると、
とてつもない数の…人の感情を、
揺さぶってしまうのです。
沢山の人を不安にさせるのです。
社会の秩序を乱すのです。
罪人に刑罰を下す際の、
量刑の基準の1つにも、
社会に与えた影響
というものがあります。
多くの人に不安を与えるような人は、
より重い罪を課す。
ということですね。
わるいこと…
人を不安にさせる。
人の秩序をおびやかす。
社会の安寧を乱す可能性がある。
そういうことが、
「わるいこと」だと私は考えます。
ものの善悪…倫理が土台…
「いいこと」と「わるいこと」
それは、
他人との共存の中で、
生まれる概念です。
しかしながら、
ものの善悪というものも、
曖昧ですね。
ある立場から見ると、
いいことのように見えるけど、
別の立場から見ると、
わるいことのように見えます。
それぞれの立場の人には、
それぞれの正義があるはずなので、
何が正解かとか…
そういうのは判断が難しいですね。
裁判なんかが、
まさに、そうなのですけど…。
お互いが、真実だと主張して…
最終的に白黒をはっきりさせる。
だからこそ、
弁護士や検事が、
難しい資格なのでしょう。
そんな、
裁判になるような大きな出来事は、
置いておきましょう…。
ここで考えたいのは、
日常で遭遇する頻度が高いような
ケースですね。
たびたび例に挙げている、
信号無視やゴミ分別など、
そういったことで考えましょう。
別に周りに人はいるけど、
横断歩道の近くにはいないから、
別にわるくないだろ…
ゴミなんて結局全部一緒だし、
外から見えなければバレないし、
そもそも分別するメリットわからんし、
みんなやってるから…
まぁ、いいでしょ。
というような感情、
皆様は覚えがないでしょうか?
私にもあります。
ゴミなんて、毎日そんな感情です。
そういう時に、
意識していきたいのが、
「倫理」
ということ…ですね。
倫理とは…
とか、
ここで語るつもりは無いです…(笑)。
そんな壮大なテーマは、
さすがに無理です…(笑)。
倫理というのは、
私なりの解釈なのですけど…
自分がやったことを、
他人がどう思うのか…?
これを考えることなのだと思います。
自分だけが良ければいいやと、
そういった考えに支配されず、
他人を意識した上で、
物事を判断すること。
思いつくままに行動する前に、
一歩下がって、
自分を見た時に…
どのように映るのか…?
そういったことを考えることが、
倫理学の入り口なのではないかなと、
私は思います。
なので、
自分のやることが、
いいことかわるいことか…
それを考えるならば、
自分のやることを
他人が見ると、
どんな気持ちになるのか…
自分の意識の中に、
他者(自分を監視する自分)を作ることが、
倫理を作るのかな…?
などど…
えらそうに言わせていただきます…(笑)。
仏ポイントという概念
と、いうのが…
実は前説でありまして…
えぇ……
前説なげぇよ……(笑)。
ここで、お話ししたいのが、
私が勝手に考えた、
仏ポイントのお話しで、
ございます‼‼(笑)
徳をつむ=仏ポイントゲット
徳をつむのが、
いいことだと…
人を助けると、
自分に返ってくると…
まぁ…
きれいごとですよね…(笑)。
そんなこと、
わかっとるわと…。
でも、
めんどくさいんだよと。
確かに、
今までそういうマインドではなかったのに、
突然、徳をつみなさいと…
それは難しい…。
そこで、
私が、勝手に思い込んでいるのが、
「仏ポイント」
というシステムです。
なんだそれはと…
全ての人が思われたかと思います…(笑)。
これについて、
お話しさせていただきます。
まず、
神様、仏様はいるものだと、
勝手に設定するんですね。
はい、そこ。
そもそもその設定に無理があるとか、
そういうことは言いませんよ、
廊下に立ってなさい。
そして、
仏様は、多分自分をみてると、
これまた、勝手に設定します。
そして、何かしら…
善悪の判断をせまられる状況に、
自分が立った時、
きっと、
仏様が、たわむれに下界に降りてきて…
自分をおもちゃにして、
遊んでいるのだと…
仏様が、
人や物に化けていて…
自分を試しているのだと…
勝手に思い込みます。
これはもう…
恋愛シミュレーションみたいな…
そんな感じですわ…。
適切な選択をしなければ、
点数が下がるんですよ…。
道に落ちているゴミも…
困っているおばあさんも…
迷子の子どもも…
全て仏様が化けています。
人生の、
ミシュラン審査員みたいな感じです。
こっそりと、
自分の価値を測っているのです。
そうして、
自分のランク付けをしてるんです‼‼‼
くっ…
仏ぇぇ……
事前に言ってくれれば、
なんとでも対応できるものを…
仏ぇぇぇ‼‼‼‼‼
しかし…
やはり敵うはずもないか…
八百万の神々…
多い…
仏ぇぇぇぇぇぇぇ‼‼‼
っていう感じです。
よし、
完全に理解できたようですね。
よかったです。
天国へいける…気がする(笑)
仏ポイントの定義について、
完全に理解できたかと思います。
先述したような、
徳を積むという行為が、
仏ポイントとして加算されると
いうことですね。
人生が終わるまでの時間に、
仏ポイントを稼ぐということが、
一つのゲームみたいに考えて、
他人が勝つようなことを、
継続して行っていくんですね。
そうすると、
仏ポイントが加算されるわけです。
しかしながら、
生活のなかでも…
どうしてもやってしまう
プチ悪行…
よくあるのが、
横断歩道の無い道路を渡る…
横断歩道があっても赤信号で渡る…
ゴミの分別をしっかりしない…
等々…。
こういったプチ悪行も、
おそらく仏が見てるだろうと…
そう考えます。
普段から気を付けていても、
やらざるを得ない状況とか…
あると思います。
そういった行為だと、
仏ポイント減算です。
ですから、
知らず知らず…
仏ポイントは下がっているのです。
人に迷惑をかけていないと、
言い切れる人でも、
あなたの何気ない行動が、
どこかの誰かの迷惑になっている…。
そういう意識が大切です。
だからこそ、
徳を積んでいくことで、
積極的に仏ポイントを加算して…
人生の終わりには、
仏ポイントがプラスで終える…。
こうすることで…
天国へ行けるのでは…
なかろうか…
などと…
妄想しています…(笑)。
やらない善よりやる偽善
大体…
お伝えしたいことは、
お伝えいたしました。
ここは、
若干…余談になります。
こんな言葉を、
ご存じでしょうか?
見出しにもありますが…(笑)。
やらない善よりやる偽善
この言葉、
先人の格言…
とかでは、ないようです。
諸説あるそうなのですが、
どうやら、
2ちゃんねるから生まれた言葉…
なのだそうですね。
偽善というのは、
うわべだけ、取り繕うことです。
本心ではないのに、
自分の株を上げたいとか…
信頼を得たい…みたいな下心だけで、
いかにも善人のように振る舞う…
そんな感じです。
それは、
果たして徳なのか…
ということなのですね。
最初の方でも、
お話しさせていただきましたが、
自分の利益を考えるのは「得」
相手の利益を考えるのは「徳」
これの言葉に従うと…
自分の利益の為に、
他人を助けるという行為は…
自分の利益を最優先にしてるから、
「得」を得ようとしてるし、
それこそ偽善…
だと思われる人もいると思います。
ですけど、
個人的には、
これも「徳」だと思ってます。
なぜかと言えば、
きっかけはどうあれ…
結局、
他人は助けられているからです。
自分の利益の為に、
他人を不幸にさせたり…
迷惑をかけたりするのは…
それこそ「得」しか見えてない…。
ですけど、
どんな心理であれ…
誰かの利益に貢献できたなら、
それは「徳」と言えるでしょう。
仏ポイントも、加算されます。
ゴミ拾いボランティアなんかも、
どんな下心で参加したとしても、
結局、地域のためになっているので、
やはり徳を積んでいる…
ということです。
やらない善よりやる偽善…
偽善と聞くと、
後ろ向きなイメージがあるかと思います。
ですけど、
心の中で「助けないと」と思っていても
何もしなければ、
それこそプチ悪行なのですね…。
女性にモテたいみたいな下心で、
人助けをしたとしても…。
それはおそらく、
行動を起こした人が「徳」なのです。
ですので、
徳を積むというのは、
心の中で、助けたい思うこと…
ではありません。
その思いを
目に見える形にする…。
つまり行動することです。
少し勇気のいることですが、
他人にどう思われても、
人の為になると思ったことは、
必ず行動できる人になりましょう‼‼‼
おわりです
今回は、以上になります。
仏ポイント…
徳を積むということ…。
行動を起こすということ…。
ということですね。
意識したいのは、
普通に生きていても…
誰にも迷惑をかけていないと思っても…
多分、誰かに迷惑かけてます。
自分が気付いていないだけです。
普段から仏ポイントを削られているので、
積極的に、
仏ポイントをゲットしにいきましょう‼‼
この記事が、
面白いと感じてくれた方は、
また、お立ち寄り頂けると
とても励みになります。
では、
また会いましょう‼‼
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